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ワクチン開発は、時間とコストがかかり、開発中止率の高いプロセスです。承認を取得して人々に供給できるようになるまでには、複数のワクチン候補を評価しなければなりません。パンデミック(世界的大流行)・エピデミック(特定地域での流行)時のワクチン開発はリスクが高く、性質が判明していない新型ウイルスにおいては、未知の要因により開発計画が頓挫してしまうこともあります。例えば、 ジカ熱のように、ワクチン開発が完了する前に流行が終息してしまう場合もあります。ワクチンの承認の可否や時期が不確実なだけでなく、承認後に高い需要があるのかどうかもわからないのです。パンデミックに対応できる量のワクチンを製造したのに、パンデミックが終息したために使用されなかった場合、ワクチン製造業者は大きな経済的損失を被る可能性があります。
開発に時間とコストがかかること、COVID-19のようにウイルスの性質が未知であることなど、製薬業界のパンデミックとの戦いは困難を極めます。幸いにも、このような現実の中、COVID-19の感染拡大という困難な時期にもかかわらず、数多くの優秀な科学者と賢明な規制当局の努力、そして最先端の技術により、最初のCOVID-19ワクチンが上市されました。COVID-19のない世界への道のりはまだ長いものの、まさに奇跡的なスピードでワクチンが開発され、人々に届けられました。
製薬業界と規制当局の対応がいかにスピーディーであったか、COVID-19とそのワクチン開発の経緯を簡単に見てみましょう。
このようなスピーディーなパンデミックへの対応は、イノベーションと官民連携の素晴らしい例と言えるでしょう。ワクチンの開発には、製造や流通を含まない期間として通常 5年から10年かかりますが、WHOのパンデミック宣言からわずか1年足らずで製薬企業と規制当局はワクチンの承認取得、流通準備完了までこぎ着けました。
Operation Warp Speedのような官民連携の取り組みがCOVID-19ワクチンの開発・供給を牽引しましたが、そのような努力の原動力となるのは開発フェーズでの活動です。「ワクチン開発 は複雑でコストのかかるプロジェクトであり、そのリスクは計り知れません。大部分の「ワクチン候補は前臨床・第I相試験段階でふるい落とされます。」ワクチン開発コストは、規制当局への承認申請に要する費用を含まない額として、およそ5億円以上と推定されています。医療上のニーズや需要、技術的実現可能性の判断から第III相試験成功まで、承認申請資料の準備作業を除いても、ワクチン開発には膨大な時間と資源がかかり、大きなリスクを伴います。
COVID-19により、私たちの生活・社会のさまざまな面で物事は大きく変わり、おそらく元に戻ることはないでしょう。事業規模にかかわらず、すべての製薬企業も、ワクチン開発戦略の構築の仕方を再検討しなければなりません。戦略は変化しなければなりませんが、すべてのワクチンは次の根本的、 基本的な要件を満たさねばなりません。
上記の条件はワクチン成功の必須要素ですが、それらを達成するには別の要素が必要とされます。先にお話ししたとおり、約10年という長い時間がかかる従来のワクチン開発手法は複雑で、ほとんどのワクチン候補は初期開発段階でふるい落とされます。ではなぜワクチン開発企業は、わずか1年足らずで 複数のワクチン の承認を取得できたのでしょうか?
ワクチン開発には、従来型プラットフォームと新世代プラットフォームの2つの手法がありますが、いずれも製造と最終製品の面で長所と短所を持っています。
現在承認されているヒト用ワクチンの大部分は、 ウイルスまたはタンパク質ベースのワクチンです。「ウイルスベースのワクチンは、感染力を失わせた不活化ウイルスまたは弱毒生ウイルスを用いたワクチンです。タンパク質ベースのワクチンは、ウイルスまたはウイルスに感染した細胞から精製したタンパク質や組換えタンパク質、ウイルス様粒子から製造されたワクチンです。」
従来型ワクチンプラットフォームは、実績のある、実証済みのワクチン開発手法であり、既に市場で使用されています。強力かつ頑健な実績データが存在し、多くのワクチンは比較的シンプルな処方です。このように広く用いられており、長所も備えていますが、従来型ワクチンプラットフォームには短所もあります。例えば、バイオセイフティモニタリングのための専用施設が必要であること、病原性を再獲得しないことを確認する試験が必要であることなどです。
従来型ワクチン開発プラットフォームが必要とされていることは間違いありません。天然痘からポリオまで、多くのワクチンが従来型プラットフォームにより開発され、多くの疾患/ウイルスが根絶されました。しかし、さまざまな制約があるため、従来型ワクチンプラットフォームはパンデミック時の迅速なワクチン開発には向いていません。
従来法とは異なり、新世代ワクチンプラットフォームは、遺伝子配列情報のみでワクチンを開発することができます。DNAやRNAをベースとしたプラットフォームでは、培養や発酵は必要ではなく、実験室での合成のみで製造することができます。感染性物質は取り扱わないため、専用のバイオセイフティ施設は必要ありません。このためワクチン開発スピードを飛躍的に高めることが可能であり、まさにこの理由により大部分のCOVID-19ワクチンの臨床試験は新世代プラットフォームを用いて行われました。さらに、ウイルスベクターをベースとするワクチンは、タンパク質発現量と長期的安定性に優れ、強い免疫反応を誘導することが可能です。
新世代ワクチンプラットフォームはパンデミック時には理想的な手法ですが、課題がないわけではありません。RNAは敏感な物質であるため、何かで守らなければなりません。そのために、脂質ナノ粒子が用いられますが、これは非常に複雑なプロセスを必要とします。また、RNAをベースとするプラットフォームは室温で不安定であるため、零下での保管とサプライチェーンが極めて重要です。大部分のRNAワクチンは-70℃で保管しなければなりません。さらに、DNAをベースとして開発されたワクチンは、投与にあたって特別な医療機器を必要とすることがあります。
このように新世代ワクチンプラットフォームには課題がありますが、そのプロセス・手法の効率の高さは、COVID-19ワクチンを速やかに開発するためにまさに必要とされていたものでした。従来型プラットフォームを用いた場合には、ワクチンを大量供給できるようになるまでに10年近くかかるでしょう。このような現実から、新世代プラットフォームは、その短所や複雑さも受け入れる価値があるものとなっています。
パンデミック時のワクチン開発では、ワクチンプラットフォームなどを検討することが不可欠ですが、それは複雑かつ極めて重要なさまざまな事項の氷山の一角にすぎません。今、ワクチン開発戦略全体が書き直されつつあります。製薬企業・科学者は、ワクチンの品質、安全性、有効性を犠牲にすることなく、人々の命を救うワクチンをより迅速に提供することに全力で取り組んでいます。